[ 相談窓口の事例 ]

○家庭の崩壊

相談に至った経緯

母親が電話帳の官公署欄より、麻薬取締部に相談電話が設置されていることを知り、相談してきた。

相談内容

次男A(22歳)は、覚せい剤中毒になり、治療のため入退院を繰り返していたが、覚せい剤が止められず、結局昨年警察に逮捕され、執行猶予の判決を受けて、その後は真面目に働いていた。ところが、最近悪い友達と再び、覚せい剤を使用し始めて、仕事も辞めて、覚せい剤を買うため、私たち夫婦に金をせびりクスリを注射しては、狂ってゴルフクラブでドアや柱を殴ったり包丁を天井や壁に突き刺したりして、暴れるようになった。現在、家庭は崩壊してしまい、もう私達では、どうしようもなく、覚せい剤と手を切るためには、どうしたらよいか。良い方法を教えてほしい。

指導内容

母親からの相談は深刻であった。その後、A及び背後関係者の違反事実が明らかになったので、家族に相談し、要望もあり、同人を覚せい剤事件で検挙した。現在AはM刑務所に服役中であるが、本人のみならず、家庭をも崩壊した覚せい剤のおそろしさに気が付き、二度と覚せい剤には手を出さない決意で更正を図っている。


[ 乱用者の告白 ]

○「逮捕されて初めて気付きました」(22歳・男)

 私が初めて覚せい剤を使用したのは18歳の時でした。高校一年の時に、父親が外に女を作って行方不明になり、親思いだった妹も変わってしまい、外泊が多くなりました。私はいろいろアルバイトをしていましたが、家に帰るのが面白くなく、毎日夜遅くまで友達と遊んでいました。そんなある日、友達がどこからか覚せい剤を手に入れてきて、吸うように勧めたのです。

 軽いノリと好奇心から、覚せい剤をアルミホイルに乗せて下からライターであぶり、煙を吸ってみました。二・三回繰り返しているうちに、急に元気が出てきて、嫌なことはすっかり忘れ、自分がスーパーマンになったような気持ちになりました。罪悪感は全くありませんでした。他人に迷惑はかけていないし、いつでもやめられると思っていました。

 当時は週一回程度でしたが、半年ぐらいしてから、いつも覚せい剤を分けてくれていた友達が傷害事件を起こして逮捕され、覚せい剤が手に入らなくなりました。既に中毒となっていた私はイライラして落ち着かなくなり、何とかして手に入れようと、大阪ミナミのアメリカ村でイラン人から買うようになりました。

 三日に一度位買い、家には帰らず、友達のマンションを渡り歩き、みんなで覚せい剤パーティーを開いたりしていました。  こんな生活が二年位続いたでしょうか。まさか自分が麻薬取締官に逮捕されるとは夢にも思っていませんでした。友達の家で寝ている時に家宅捜査を受けたのです。拘置所に母親と妹が面会に来てくれたのですが、私の顔のやつれように驚いていました。

 母親も妹も私を責めたりせず、ただ涙を流すばかりで、私も言うべき言葉が見つからず、同じように泣くしかありませんでした。今、拘置所で反省の日々です。他人に迷惑がかからなければ、何をしてもいいと考えていたのは大間違いでした。

 どういう判決を頂くかは分かりませんが、今度家に帰れたら、母親・妹とともにまじめに生活していきたいと決意しています。もう覚せい剤はこりごりです。


○もう二度とくりかえさない(20歳・男)

 私は妻と子供一人の平凡な家庭生活を送っていました。昨年の六月頃のこと、友達に勧められ一度くらいならと、覚せい剤を注射してしまいました。すると体が軽くなったような何とも言えない気分になりました。それから毎日のように覚せい剤を打ち、仕事も休みがちになりました。そのうち妻も覚せい剤を注射するようになり、親としての自覚もなくなり、子供を自分の親にあずけて知り合いの人の家に住み、日に二・三回注射するようになりました。

 何度もやめようと思いながら、まだ大丈夫とまた注射してしまい、同じことのくり返しでした。三ヶ月後に麻薬取締官に逮捕され、やっと自分を取り戻しました。

 一回くらいならと言う気持ちから、取り返しのつかないことになってしまい、親や友人に迷惑をかけてしまいました。あのままずるずると続けていたらどうなったかと思うと、逮捕されて良かったと思っています。

 拘置所で三ヶ月くらい毎日反省の日々でした。執行猶予をもらい、社会に出ることができました。しかし、信用を失い、仕事もなかなか見つからず、覚せい剤の代償の大きさを噛みしめています。

 一日も早く、この世からあの白い粉がなくなる日が来るように願っています。


○断ち切ることの出来ない覚せい剤(29歳・男)

 私が覚せい剤を初めて注射したのは、18歳の時で、先輩が注射をしていたのを見て興味を持ち軽い気持ちで注射をして貰いました。その時、確かに身体がフワッとしたよい感じでしたが、本当のことを言いますと「こんなものか。」と思ったのが実感でした。

 しかし、覚せい剤の魅力は恐ろしいもので最初の気持ちとは裏腹に身体がフワッとした気持ちが忘れられず、段々と回数が増えてきました。その結果、体がだるく仕事するのが面倒臭くなり、家庭を顧みることもなくただ、覚せい剤に溺れ、結局これが原因で妻とは離婚となり、可愛い子供とも離れ離れになりました。それからというものは一層、病み付きとなり、お金の続く限り毎日4〜5回覚せい剤を注射し続けました。

 こうなると覚せい剤特有の被害妄想とか独り言等の症状が出てついには母親に付き添われ、警察署に自首しました。この時は初犯でもあり、懲役1年6カ月執行猶予3年の温情ある判決を受けました。

 それからは、私なりに反省したのですが僅か2カ月後、無性に覚せい剤を打ちたくなり、再び覚せい剤に溺れたのです。このことに気付いた母は、私に化粧品の販売をさせながら、近くの寺で修行するように勧めますので、私は機会ある毎に寺に泊まり、説教を聞いたり、滝に打たれたりして覚せい剤を忘れようとしました。

 しかし、一度覚えた覚せい剤は心を離れることなく、いつも耳もとで覚せい剤の悪魔が囁き、毎日が覚せい剤との戦いでした。このように周りの協力があり、覚せい剤を断ち切れた自信があったのですが、気を緩めると覚せい剤の悪魔が囁き、覚せい剤が欲しくなって寺の人、お世話になった人、母親の気持ちを考える気持ちも消え失せ、これもたった2カ月で周りの隙を見て、再び覚せい剤を注射してしまったのです。その後は覚せい剤を買うために会社の金を使い込み謹慎処分を受けたり、母親に疑われたりしましたが、覚せい剤を使っていると嘘を付くのが上手になり、なんとかその場を繕いながら覚せい剤を注射しておりました。

 結局今回また覚せい剤の事件で捕まってしまいましたが、私の場合、仏にすがっても覚せい剤を断ち切ることができず一度、安易な気持ちで注射したことが私だけでなく私の家族の人生まで狂わせてしまい、今となっては取り返しがつきません。あの時、断る勇気があればこんな人生を送ることはなかったのに。


○離婚(23歳・女)

 私は3年前に結婚して2人の子供に恵まれて、平和と言えないまでも平凡な毎日を過ごしておりました。私は主婦業で家事に当たり、主人は夕方から翌朝まで勤務する会社に勤めておりました。主人の給料は十分とまではいきませんが、私たち親子4人が生活していくのに特に支障はありませんでした。しかし、主人の勤務が終夜であり、淋しい時がしばしばでした。このことを学校時代の友達に打ち明けたところ、「淋しいときに取っておきのものがある。自分も淋しときには、これをやっている。」と言って覚せい剤を注射して貰いました。すると、体中がスーッと冷たくなり、体が軽くなったような何とも言えない良い気持ちになりました。その時は一度くらいならだいじょうぶと思っていたのですが一回の気持ちがたまらなくなり毎日注射をするようになってしまいました。しかしこの男が警察に逮捕されてしまったため、また先ほどの女友達に新たな暴力団員を紹介してもらって、覚せい剤を買っておりました。この頃になると自分で注射することが出来るようになりました。

 そして、最初の男からは只で貰っておりましたが、次の男からは1回分5千円単位でお金が消えて行きました。この覚せい剤に掛かるお金は、主人に内緒でサラ金から借りたり、自分の母親から子供の服を買うからと言って借りたり、主人の両親から生活費が苦しいからと言って借りたりして何百万というお金を借金してしまいました。こうしているうちに、麻薬取締官に逮捕されてしまい、主人を初め皆に知られてしまったのです。私の処分は執行猶予を付けてもらっての懲役刑でありました。判決を受けて戻ってきた私を待ち受けていたものは、主人との離婚でした。借金は私の両親が返済してはありましたが、私は2人の子供を連れて実家へ戻り、職探しのために奔走し、やっとの思いで外交関係の仕事を見つけることが出来ました。今は、母子で健康的な毎日を過ごしております。淋しいからという甘えた理由から、ちょっとした気持ちから手を出した覚せい剤の代償は、私にとってあまりにも大きいものでありました。今後又、子供達に顔向けできない様な事は二度としない様にと決心を固く持つことだと決意しております。


○息子を逮捕された父親の手記(60歳・男)

 私は、昨年の春に中小企業の自動車部品を製造する会社を定年退職しました。四十年間毎日、遅くまで働き家庭を犠牲にしてまでがんばってきました。これからのんびりと第二の人生を過ごすことを楽しみにしていたのですが、その楽しみもしばらく先になりそうです。

 それは、私の24歳の息子が1カ月程前にまた覚せい剤の使用で麻薬取締官に逮捕されたからです。息子は2年前にも同じ覚せい剤の使用で逮捕され、執行猶予中だったのです。その時私は、息子が殺人とか放火などの事件を起こす前に逮捕されよかったと思っています。

 息子は、拘置所から出た後、電気関係の仕事につき二度と覚せい剤には手を出さないと誓って真面目にやっておりました。しかし、妻から息子の帰りが遅くなったり、食事を余り取らない日があったり、顔が青白く頬も痩せこけたりしているのでどうもおかしいと言うのです。また覚せい剤に手を出しているんじゃないか、でも息子が誓ったのでたいして心配していませんでした。そんなある深夜、息子が覚せい剤を注射しているところを見たのです。その時私は怒って注射器を取り上げ2回程殴って叱りつけました。

 しかし、それからも深夜出掛ける事が多く、しばらくしてまた注射しているところを目撃してしまいました。その時息子は便所に逃げ込んで中から鍵を掛け、何時間も出てこなかったのです。更に、ヤクザ風の人が息子を訪ねて来ることが多くなり、このままではどうなってしまうのだろう、誰に相談すれば良いのか妻と悩んでいたところ、麻薬取締官に逮捕されたのです。

 息子は、これで数年服役しなくてはいけないと思いますが、息子を責めることもできません。なぜなら私がもっと息子の悩みを聞いたり、話し相手になってあげていればこんなことにならなかったのだろうと思うからです。今度こそ覚せい剤と手を切って欲しいと妻と共に思っています。息子が出所してきたら、暖かく迎えてあげ、家族が一緒になって覚せい剤に立ち向かっていきたいと思います。


○ある主婦の告白(28歳・女)

 主人も娘3人もまだ寝ていたある朝、私が朝食の支度にとりかかり、娘の弁当3個も出来上がり、温かい味噌汁が出来たところに捜査官4、5名がやってきて、家宅捜査だというのです。私はただ驚くばかりでした。

 捜査官は主人の寝ている部屋に入り、主人に何か問いつめている様子と室内の捜索をやっている様子が締め切ったドア越しに聞こえてくるだけでした。それからおよそ1時間後、捜査官に連行されて部屋から出てきた主人は、私に「ごめん」と一言言うだけで捜査官の車で立ち去っていったのです。

 捜査官の話によれば、主人は2カ月程前から覚せい剤を注射しており、部屋の中から残りの覚せい剤と注射器も発見されたとのことでした。私はその時まで、主人が覚せい剤を使っていたことは全く知りませんでした。でも今から考えると最近の主人は何か異常でした。例えば夜の外出が日増しに多くなり、金遣いも荒くなり、僅かながらの貯金も私に内緒でキャッシュカードで引き出していたり、無遅刻、無欠勤を自慢していた仕事先も休みがちとなり、明るい日中に部屋のカーテンを締め切り、一人で部屋の中をブツブツ何か言いながら歩き回っていたり、テレビの中から誰かのぞいているようだと言ってテレビの裏側をかまいだしたりすることもあり、また些細なことで娘や私に怒鳴ったり、物をなげたりしたかと思うと、翌日は人が変わったかと思うほど優しく親切な態度となり、冗談を言ったり、頼みもしない部屋の掃除をしたりするのでした。それが1日か2日後にはまた部屋に閉じこもってしまい、部屋には誰も入るなと言うのでした。ですから、娘も私も何かはれものに触るような気がして主人に話しかけるのが恐い毎日でした。

 覚せい剤の誘惑に負けた主人も悪いが、私たちの平和な生活を破壊した覚せい剤が私は憎い。